600年の昔、吉野の朝廷が絶えた時、南側の武将であった父、吉野三郎を戦で失った「さつき姫」は、家臣6人に守られて、南朝再興の募兵のため東に逃れ、駿河から富士川づたいに甲州万沢村に入った。万沢村横沢の清水は今も、里人に守られている。姫が我が身を投げた池は、今は枯れて美林となっており、池の中央と思われるあたりに細い湧水があり、そばに里人が祭った祠がある。